大判例

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札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)1289号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕1 (被告後藤の責任)

<証拠>によれば、被告後藤はこれまでも度々被告武市の依頼で右アイヌ犬を散歩させていたが、事故当日はいつになく犬が強く鎖を引張つて走つたのに、特に意に介することなく鎖(約一メートル五〇センチメートル)をいつぱいにのばして自己もそれに合わせて走り、午後八時前頃原告方の裏木戸前まできたこと、右木戸は地面から約三、四〇センチメートルへだてて塀の中段にとりつけられており、原告は木戸内側に立つていてこれを閉めようとしていたが、犬は右木戸の下側に出ている原告の足に咬みつき、原告に対し同日から同年九月末頃まで通院加療を要した左アキレス腱部咬傷の傷害を与えたこと、その際被告後藤は原告が悲鳴を上げるまで原告の存在には全く気付かなかつたことが認められる。

ところで、被告後藤本人尋問の結果によれば、同被告は被告武市の飼犬がアイヌ犬で気性が荒いことを知つていたことが認められるから、被告後藤としては犬が他人に危害を加えることがないように、犬のおもむくままにまかせることなく、鎖を短く持つて常に制禦しやすい状態で連れ歩き、かつ夜間は一層人影の存在に気を配るべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、証人松島英子の証言によれば犬の体長が三、四〇センチメートルであることが認められるから、成人男子である被告後藤がこれを制禦することはさして困難であるとは認められないのに、同被告が前記のような状態で犬を走るにまかせて連れ歩いたことは過失と認めざるを得ないし、原告本人尋問の結果によれば、前記のように原告方の裏木戸は下側に約三、四〇メンチメートルの空間をおいて塀の中段にとりつけられていて、内部に人が立つた場合外部からでも木戸の上部からは顔の部分が、下部からは足の部分が見える状態であつたことが認められるところ、前記のように犬の鎖の長さが約一メートル五〇センチメートルであることを考えれば、被告後藤としてはたとい夜間であつても人影に注意する気でさえいれば、遅くも犬が咬みつく直前には原告の姿を発見し得たはずであるということができるから、この点においても同被告に過失があつたものというべきである。

2 (被告武市の責任)

被告武市の本人尋問の結果によれば、同被告の飼育にかかる右アイヌ犬が過去二回原告に咬傷を与えた気性の荒い犬であり、同被告もこの事実を知つていたことが認められるから、同被告としては、犬を連れ出すときは口輪をつけるなどして他人に危害を加えないような措置をとるべき注意義務があるのに、なんらこのような措置をとることなく、漫然、被告後藤に散歩させることを依頼したものであるから、被告武市はアイヌ犬の占有者としてその保管につき相当の注意をなしたものと認めることはできない。

3 以上の事実によれば、被告後藤は民法七〇九条により被告武市は民法七一八条により共に共同不法行為として連帯して原告に対し後記損害を賠償する義務がある。

二 (原告の損害)

1・2 (省略)

3 (弁護士費用について)

原告が弁護士大島治一郎に本訴の提起追行を委任したことは本訴の経過に照らし明らかであるが、<証拠>によれば、被告らとしては速やかに慰藉料を支払つて示談をする意図で、被告後藤からその交渉をまかされた被告武市が原告との共通の知人である近隣の松島英子に対し仲介の労をとることを依頼したが、原告側からは具体的金額の提示がなかつたので、松島は七月一七、八日頃自己の判断で被告武市に対し見舞金名下に金一〇万円を支払うよう提案し、同被告もこれを了承したこと、ところが、同被告が同月二〇日頃原告方に家政婦の謝礼を支払いに赴いた際、突如原告の夫である田村元から、同被告が犬を処分しないことについて憎悪に満ちた暴言を浴びせられたうえ裁判沙汰にする意向を示されたので、同被告も著しく感情を害し、同月二二、三日頃原告訴訟代理人の事務員が交渉のため同被告方を訪れたときには金五万円しか支払わない旨答えたこと、これを伝え聞いた原告は右金額で示談に応じる意向でいたところ、原告の右意向が同被告に伝えられる以前に同被告から松島に対し「今後の交渉は弁護士に任せる。」旨の連絡があつたので、松島は仲介役を辞し、また、原告は同月二五日家政婦の謝礼の支払のために来た同被告に対しその受領を拒絶し、かくて両者の交渉は途絶えたまま本訴に至つたことが認められ、この認定に反する<証拠>は措信することができない。

ところで、不法行為者の損害賠償責任は相手方の態度いかんによつてこれを免れ得るというものではないから、被告武市が前記のような原告の夫である元の態度にもかかわらず直接又は被告代理人を通じて交渉を継続し当初の意図どおり金一〇万円(或は少くとも金五万円)を支払つておれば、原告も本訴を提起するまでには至らなかつたものと推測されないではない。しかし、原告側においてもいたずらに加害者に対する憎しみをいだくだけでなく、殊に原告の夫である元において前記のような被告武市の誠意に応える態度さえ示していれば本訴提起に至るまでもなく、本件は円満に示談で解決していたであろうこともまた十分に予測し得るところである。すなわち、原告の夫である元の前記のような言動もまた示談交渉をこじらせた主要な原因であるといつて過言ではなく、いわば、本訴提起は原告側において自ら招いたといわれてもやむを得ない面もあるということができる。

このように不法行為の損害賠償請求の訴提起に至つた事情につき加害者側のみを一方的に責めることができず、被害者もしくはその配偶者のようにこれと共同生活関係を営む者の言動もひとつの原因として無視できない関係にある場合の弁護士費用については恰も不法行為後に拡大した損害の一部が被害者の過失に起因する場合と同様に考えるべきであつて、その全額を不法行為と相当因果関係に立つ損害として加害者に負担させることは相当でない。これを本件について考えれば右に認定したような事情がない通常の場合であれば、前記1及び2の損害額合計金一一万六、〇二二円に対し加害者の負担すべき弁護士費用は金二万円が相当であると認められるところ、前記認定の諸事情を考えればこのうち不法行為による損害として被告らにおいて負担すべき額は金一万円が相当であると認められる。(松野嘉貞)

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